ブータンとMのこと

 <晴れ>

大学時代からの友人のMが結婚することになったと報告してくれたのはもう10年ぐらい前のことで、ひとりでアジアを旅行しているときにブータンに立ち寄り、ガイドとしていろいろ案内してくれたブータン人の男性と恋に落ちたというのだ。帰国してからも交際は続いていたが、いざ結婚となるとブータンでは国際結婚はとても大変らしく、国の許可がいるのだと言っていた。「旅行者として滞在するにも一日に2万円ぐらい必要だし、なかなか難しいんだよね」。それでもブータンの生活について、いろいろ教えてくれた。9時から5時までは民族衣装を着なくてはいけないので、Mもブータンで暮らすようになったら着ることになること。ブータンの人たちの笑顔がすばらしいこと。教育熱心で、ほとんどの人がきれいな英語を話すこと。彼も母国語以外に、英語、広東語、ヒンズー語、オランダ語が話せること。あるときは、彼が来日してMの実家に泊まったときの写真を見せてくれた。いま思えば、ブータン国王に雰囲気が似ていたような気もする。Mの亡くなったお父さんの着物を着て、玄関の前に立っていて、とても優しそうな人だった。あまり恋の話のなかった彼女のことなので、わたしも含めてまわりの友人はまず驚き、そして喜んだ。しばらくして連絡を取ったときに結婚はどうなったのか尋ねたら、まだ国の許可が下りないのだと寂しそうに言っていた。テレビ関係の仕事をしていたMはいつも忙しく、なかなか会えなかった。そんなこともあって年賀状のやりとりは続いていたが、少しずつ疎遠になっていた。
おととしの1月、Mのお母さんから封書が届いた。Mは闘病の末、前の年の夏の終わりに亡くなっていたのだ。元気になると信じて入院を知らせてこなかったのか、弱っているところを見せたくなかったのか、そのへんはわからないけど、学生時代の友人はだれもMの病気のことを知らなかった。もっと連絡をとっていればよかったと思うけれど、いまになってはもう遅い。
ブータン国王と王妃が温かな笑顔を残して無事に帰国された。わたしの周りにもファンになった人が多い。国王の映像を見るたび、そんなMのことを思い出す。ブータン国王のファンが日本で増えたことを天国で喜んでいるだろうな。



お土産の小さなカゴ。ブータンでは食品を保存するときに使うものなんだって。もっときれいな緑と紫色だったけどかなり褪せてしまった。