セインツ、力尽きる

 <雨、のち晴れ>

朝のうち雨。昼前には晴れる。それほど寒くない一日。



ガードレールにもたれて、泣きじゃくって電話をしている女の人を見た。旅行用のトランクを持っていた。イヤホンで音楽を聴いていたので話の内容まではわからなかったが、電話を切ったあともしゃくりあげているようだった。声をかけるのもおかしいからそのまま通り過ぎたが、大丈夫だっただろうか。



NHKのスポーツニュースでNFLプレーオフの結果を見ているとき、突然cobuが思い出した。
「ねえ、ハワイに行ったとき、あなたセインツのキャップをかぶってたよね」。「おお、そうだ。かぶってたよ」。何年も忘れていたのに、突然、キャップの色や形や素材や手触りまで思い出した。「なんでセインツだったんだろう。ハワイで買ったんだろうけど。コットンじゃなくナイロンの、ちょっとふかふかした肌触りの帽子だったよね」。「それをかぶってホテルのエレベーターに乗ってると、白人の小柄なおばあちゃんが、あなたのほうを見て、『オー、セインツ』って言ってにこにこしてたよね。でもオレらふたりとも、そのときは意味がわからなくて、へらへら笑ってたんだよね」。そうだった、そうだった。あとになって、帽子のことを言ってたんだとわかったんだった。わたしはそのおばあちゃんの顔までぼんやりとだけど、思い出した。南部のアッパーミドルといった感じのおばあちゃんだった。エレベーターの広さとか、ホテルのにおいまで思い出してきた。
なんだか急にセインツが愛おしくなってきた。負けちゃったけど。



いま住んでいる長屋のような建物は、築30年以上。古いけど使いやすく、狭いけどゆったりした造り。増沢洵さん(ますざわまこと・故人)という人の設計だ。この人を調べると、なかなかおもしろい。彼が提案した「最小限住宅」は、生活に必要な要素がコンパクトに納まったシンプルでモダンなデザイン。9坪ハウスの原型でもあるらしい。
http://www.9tubohouse.com/designers_file/masuzawa.html
http://www.g-mark.org/library/2002/grand-prize/kouho04.html